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かわあかり
河明り
岡本 かの子
「中央公論」1939(昭和14)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,244 字 · 98 页
私が少女時代、文学雑誌に紫苑という雅号で、しきりに詩を発表していた文人があった。その詩はすこぶるセンチメンタルなものであって、死を憧憬し、悲恋を慟哭する表現がいかに少女の情緒にも、誇張に感じられた。しかもその時代の日本の詩壇は、もはやそれらのセンチメンタリズムを脱し、賑やかな官能を追い求めることに熱中した時代であって、この主流に対比しては、いよいよ紫苑氏の詩風は古臭く索漠に見えた。それでも氏の詩作は続けられていた。そのうち、ふと消えた。二三年してから僅かに三四篇また現われた。それは、「飛魚」とか「貿易風」とかいう題の種類のもので、いくらか詩風は時代向きになったかと感じられる程度のことが、却って詩形をきごちなくしていた。詩に添えて紫苑氏が南の外洋へ旅に出た消息が書き加えられてあった。しかし、その後に紫苑氏の詩は永久に見られなくなった。
この新嘉坡邦字雑誌の社長が、当年の詩人紫苑氏の後身であった。私は紫苑氏の後身の社長が、その携っている現職務上土地の智識に詳しかろうということも考えに入れたが、その前身時代の詩にどこか人の良いところが見えたのを憶い出し、この人ならば安心して、なにかと手引を頼めると思った。