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しんやのきゃく

深夜の客

大倉 燁子

「モダン日本 九巻一三号」1938(昭和13)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,926 字 · 28 页

青空文庫

もはや身に寸鉄も帯びていないという事を示す積りらしかった。

深夜、危険を冒して入って来た位だから、並々ならぬ用事があるに違いないと思ったので、洋子は椅子の一つを指差して、

「どうぞ、お掛け下さい」と云ってから、改めて、

「一体、あなたはどなたなんですか?」と詰問するように云った。

男は覆面を脱った。彼女はびっくりした、その顔には見覚えがある。沼津の松並木で擦れ違った時、運転手と並んで腰かけていた貴公子風の男だった。恐らく汽車を飛び降りた影の一つも同人に違いない。聞き覚えのある声だと思ったのも道理だ。已に彼女は通路で話していた彼の声を聞いていたのだから。

彼女の驚いている顔を見ながら、落付き払って、

「私は脱獄囚尾越千造でございます」と名乗った。洋子は二度びっくりした。

「お驚きになりましたか?」

ちょっと返事が出来なかった。

覆面を脱いだ男は色白の女のような美しい顔をしていた。これがもし玄関から一人の訪客としてやって来たのだったら、義賊尾越千造だと名乗られても、恐らく信じられなかったであろう。それほど態度にも容貌にも兇悪のかげはみじんも見えなかった、反って人の好さそうな貴公子にさえ見えるのだった。