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りょうしのむすめ

漁師の娘

徳冨 蘆花

「家庭雑誌」1897(明治30)年1月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,592 字 · 23 页

青空文庫

六

のび上って叫べば、万作もころげ出でて木にすがり泣声あげて「お光ちょうい、おー光ちょうい」と叫んで見ても、舟は次第次第に陸を離れて、果は櫓の音も聞えぬ。「お光ちょうい。内のお光ちょうい」。老夫婦が力の限り根限り叫ぶ声は徒に空明に散ってしまって、あとはただ々たる霞が浦の水渦まいて流れるばかり。

六

大水は久しく湛えて終に落ちた。万作夫婦も仮小屋を出て、水余の家に帰った。併しお光は帰って来ない。帰らぬ、帰らぬ、今日までもまだ帰らぬ。万作夫婦は朝夕涙に暮れて、茶断塩断して、いつもお光が腰かけた柳の根株にしめなわかけて筑波さまあらぶる神さまに願をかけても、一向に帰って来ぬ。帰って来たのは、唯万作が見覚えある徳利の如何して流れついたか浮島の南端に流れよったばかりだ。

島の者は色々に評議を凝らした。大方は舟が覆えったのだと云う説であったが、中には何処かへ流れついて其のまま帰って来ないのだろうと云う者もあった。尤も此れは其の後の話だが、島の次郎八と云う漁師が、或朧月の夜晩くわかさぎを漁して帰る時、幽かに聞いた歌の声が、全くお光の声の様で、耳を澄して聞くといよいよ夫れに違いない様だから、次郎八は声をしるべに舟を漕いで行くと、何処まで行っても茫々とした朧月夜の湖で、人の影もない。