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はなかみろうにん

濞かみ浪人

吉川 英治

「サンデー毎日 新春特別号」毎日新聞社、1938(昭和13)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,425 字 · 39 页

青空文庫

それだけに又、彼のみの心理としては、前より強く、胸の中で独り楽しみを暖めている傾きもある。

『なぜか、此頃あまり、あれを云わなくなったぞ』

わざと、話しかける同僚もある。でも数右衛門は、お千賀のことは避ける。そして唯、へらへらと笑う。

『おめでたいというのは、数右衛門のような人物のことだろうな』

陰のうわさは、少しも彼に反映しない。眼で見ても、物事を疑うとか、疑ってみようとかしない彼であった。

隅田川の災難も、過失だと思っているのだ。むしろ自分の不覚――恥とさえ思って慚愧しているくらいで、あの折の屋形船の中に、庄左衛門や雄之助が、自分の苦しみをながめて、酒の肴にしていたなどとは、彼の性格では、そう人が教えてやっても、嘘だというに違いない。

けれど真実は結局、誰か真実を見ている。至って、友達のなかった彼にも、

『いや、あれには、いい所がある』

と、次第に親しみを加える者が、いつとはなく藩邸の中にも幾人かは出来てきた。

押しつまって、御用仕舞の年暮の廿五日。

藩邸の御長屋で、数右衛門並みの同僚ばかりで十四、五名で、持ち寄りで一酌やった。

その時一人が、数右衛門をつかまえて、おれは貴様の友達だからこそ云うのだぞと、酒の上のみではない熱意をもって聞かせた。