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ひのとり

火の鳥

太宰 治

「愛と美について」竹村書房、1939(昭和14)年5月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 37,740 字 · 76 页

青空文庫

さちよは、あの翌る日に出京して、そうして別段、勉強も、学問も、しなかった。もと銀座の同じバアにつとめていて、いまは神田のダンスホオルで働いている友人がひとり在って、そのひとの四谷のアパアトに、さちよはころがりこみ、編物をしたり、洗濯をしたり、食事の手伝いをしてやったり、毎日そんなことで日を送っていた。べつに、あわてて仕事を見つけようともしなかった。流石に、ふたたびバアの女給は、気がすすまない様子であった。そのうちに、三木朝太郎は、山の宿から引きあげて来て、どこで聞きこんだものか、さちよの居所を捜し当て、にやにやしながら、どうだい、女優になってみないか、などと言うのだが、さちよは、おやおや、たいへんねえ、と笑って相手にしなかった。三木は、それでも断念せず、ときどきアパアトにふらと立ち寄っては、ストリンドベリイやチエホフの戯曲集を一冊二冊と置いていった。けさ、はやく、三木から電話で、戸山が原のことを聞き、男は、いやだねえ、とその踊子の友だちと話合い、とにかく正午に、雪解けのぬかるみを難儀しながら戸山が原にたどりついて、見ると、いましも、シャツ一枚の姿の三木朝太郎は、助七の怪力に遭って、宙に一廻転しているところであった。