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はいかぐら
灰神楽
江戸川 乱歩
「大衆文藝」1926(大正15)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,262 字 · 27 页
そして、いくらか思考力を取り返すことが出来た。
「俺は一体何を恐れていたのだろう」
考えて見れば、昼間の焦燥は無意味であった。仮令奥村一郎の死が他殺と断定されようと、恋人が彼に疑惑の目を向けようと、或は又刑事探偵が訪ねて来ようと、何も彼が有罪と極った訳ではないのだ。彼等には一つも証拠というものがないではないか。それは単に疑惑に過ぎぬ。いやひょっとしたら彼自身の疑心暗鬼かも知れないのだ。
だが、決して安心することは出来ぬ。なる程、額の真中を撃って自殺する奴もなかろうから、警察が他殺と判断したのは無理でない。とすると、そこには下手人が必要だ。現場に何の証拠もなければ、警察は被害者の死を願う様な立場にある人物を探すに相違ない。奥村一郎は日頃敵を持たぬ男だった。庄太郎を外にして、そんな立場の人物が存在するであろうか。それに悪いことは、弟の奥村二郎が、彼等の間の恋の葛藤をよく知っていたことである。二郎の口から、それが警察に洩れないとどうして云えよう。現に今日の刑事とても、二郎の話を聞いた上で、十分疑いを持ってやって来たのかも知れないではないか。
考えるに従って、やっぱり逃れる途はない様な気がする。