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カラスキーしのゆうじょう

犂氏の友情

久生 十蘭

「オール讀物」1939(昭和14)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,312 字 · 27 页

青空文庫

巴里の北の町はずれ、ラ・ヴィエットの市門からプウル・ヌーヴのほうへ行く町角に、にニスで「洪牙利亜兵」と書きつけた、安手な一品料理店がある。

これが、石亭先生いうところの「本郷バー」である。少々、舌ッ足らずの石亭先生が、「ロングロア・ヴェール」と発音すると、これが、どうしても「本郷バー」としか聞えない。先生は世事に疎いほうだから、いっこう気づかれぬ模様だったが、ある時、その多少の諧謔味のあるゆえんを説明すると、石亭先生は、やにわに膝をうって、

「それァ、いいですな。今度から、本郷バーと呼ぶことにしましょう」

と、ひどく勇み立った。

ちょうど夕食刻で、悪しつッこい玉菜の羹汁の臭いがムウッと流れ出してくる。

もっさりした棉紗のカーテン越しにおずおずと内部を覗き込んで見ると、ジメジメした土間にじかに食卓を置いた横長の部屋で、「望郷」に出てくる悪党そのままの、ゾッとするようなじだらくな恰好をしたのが二十人ばかり、何か大きな声で叫び交しながら、乱雑極まる食事をしている。

いずれも鳥打帽の横ッかぶり。血腸詰やら、河沙魚の空揚げやら、胎貝と大蒜の塩汁、豚の軟骨のゼラチン、犢の脳味噌を茹でたやつ、……市中の料理店の献立表ではあまりお眼にかかれぬような怪奇なものを恐れ気もなく食っている。