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ぎせいしゃ
犠牲者
平林 初之輔
「新青年」博文館、1926(大正15)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,364 字 · 37 页
夜の十時過ぎ。平生ならば、銀座通りはまだ宵のうちだ。全日本の流行の粋をそぐった男女の群が、まるで自分の邸内でも歩いているように、屈託のない足どりでプロムナードを楽しんでいる時刻だ。
けれども、その日は朝から雪で、午過ぎからは風が加わって吹き降りにかわっていた。九時頃には二寸も粉雪がつもって電車もとまってしまった。車道も歩道も街路樹も家々の屋根もただ見る一面の雪におおわれている。時々、自動車が、猪のように疾走して去る外には殆んど生物の住んでいることを暗示させるものは何もない。まるで、大自然の威力の前に、脆弱な人間の文明がおどおどして、蝸牛のように頭をかたく殻の中へかくして萎縮しているようである。
この荒寥たる大都会の夜景の中を、全人類を代表して自然の暴力に抵抗しようとしている人のように、吹雪を真正面に受けて、新橋から須田町の方角へ向かって歩いてゆく一点の人影があった。自然は又自然で、小ざかしい人間の企図を思うまま弄殺してやろうと決心したかのように、時には、唸りをたてて疾風を送り、時にはけろりと静まって、まるで傍観しているような様子を示す。
人間は、寒さにいじけ、風に圧せられてよろけかかっているように見える。