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きつね

狐

山本 周五郎

「産報」1942(昭和17)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,471 字 · 17 页

青空文庫

「…………」みんな黙っていた。

「今夜から当分おれが天守へ泊ってやる、よつはんが鳴ったらおこせ、わかったか茂木、よつはんだぞ」

「承知しました」

かれは鼾をかいて眠った、酔っていたせいもあるだろうが、そのようすはいかにも剛胆だった。時刻がきて呼びおこされると、彼は熱い茶をなん杯ものんで天守へでかけていった。その夜もけぶるような雨だった、本丸やぐら番の詰所は月見櫓にある、天守閣はそこから二百歩ばかり西南になっていて、たいてい暗い晩でも、詰所の窓からは三重のやぐらが黒く夜空へそそり立っているのがみえる。城主が在国のときは番士はそこへ詰めているが、留守になるとみな月見櫓へひきあげ、夜なかに一回みまわりをするだけが役目のきまりだった。もっとも、かならずしもそれは励行されていたわけでなく、みまわりにでかけても天守の上へはあがらず、石垣のへんで時間をつぶして戻るというのが、番士たちの常識になっていた。

ここのつ(午前零時)をすこし過ぎたころ、なんの前触れもなくもうひとりの人物が詰所へやって来た、国老次席の拝郷弥左衛門であった。ちょうど弁当をつかっていた番士たちはおどろいて箸を投げだしながら出迎えた、「いずれもご苦労じゃ」