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きつね

狐

山本 周五郎

「産報」1942(昭和17)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,471 字 · 17 页

青空文庫

弥左衛門は婿の顔をにらみつけた。けれどもいま怒っている場合ではないと気づき、昨夜おのれがたしかめた仔細のあらましを話して聞かせた、「……新五郎はお天守の三重へ登って、まっ暗がりのなかに坐っていたそうだ、すると頭の上の方でとつぜん、異様な叫びごえがおこり、なにか白いものが宙を飛んだという」

「しとめたのですか」

「抜き打ちをかけたがおそかった。それで元のところへ坐ってゆだんなく気を配っていると、うしろの階段をそっと忍び足でおりてゆく者がある、一段ずつ、みしりみしりと、二重へおりてゆく足音が聞えたそうだ、そこで、これはやぐら番の者のいたずらだと思い、嚇となってとびおりて来たということだった」

「まだ噂はそうひろがっていないようだ」と弥左衛門はすぐにつづけた、「だが、いまのうちに始末をつけなければ岡崎城の名聞にかかわることになるかもしれぬ、書院番のほうはわしが扱って置くから、おまえ今夜にもいって妖怪の正体をつきとめてこい、今夜でいけなければ幾晩かかってもよい、正体をつきとめるまでは帰るに及ばないぞ」云うだけ云うと、老人は返辞も待たずに立っていってしまった。

乙次郎はしばらくそのまま坐っていたが、やがて自分の居間へはいった。