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さる

猿

宮本 百合子

「サンデー毎日」1922(大正11)年7月10日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,437 字 · 11 页

青空文庫

楽い思いをしているうちに、かあさんは、お前の阿父さんと、一緒になり彼方(あっち)も彼方で家を持った――よく酒を飲む謡(うた)の上手な男だっけが。――恐ろしい恐ろしい。鬼が憑(つ)いたんだよ。

エッダ ヨハンは、誰からか、きっとそんなことでも聞いたのよ。だから。

母親 (ふと、戸外に耳を欹(そばだ)て)しっ!(指を立ててエッダに合図をする。さりげない調子で)もういい加減に休んだらいいじゃあないか? エッダ。

エッダ ああ。

ところへ、ヨハネス、木履のような靴をはき、薄緑色の布の帽子、粗毛織の仕事着の装い下手の扉(ドア)から現れる。神経質そうな、細そりとした若者。

母親 ヨハンかえ?

ヨハネス ああ。ただいま。

エッダ (糸車を片よせつつ、振返り、元気に)お帰り! どこに迷子んなっていたの?

ヨハネス (微笑み、エッダの丸い体の動くのを見ながら)戸外(そと)の風は、さっぱりするからね。

母親 (これも縫物をしまいながら)もうやがて、嚔(くしゃみ)の出そうな時節じゃあないか。雲を見るのも、夏だけにおしよ。……それはそうと、どんな塩梅だったね? あの渦は……。

ヨハネス ああ、あれの心配ならもう入用(いら)ないよ。