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せいしまんじどもえ

生死卍巴

国枝 史郎

「雄弁」1928(昭和3)年9月~1929(昭和4)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,598 字 · 182 页

青空文庫

(二)一ツ橋慶正卿が回教における、カリフの尊号を得たことについては、作者の調べた文献の中に、その詳細がないところから、ここで説明することは出来ない。

(三)大金剛石の両眼は、白河戸郷から持ち来たされた、真のアラ神の眼窩の中へ、あらためて納められたということであるが、そのアラ神は慶正卿の意見――メッカへ返せという意見のままに、遥々亜剌比亜へ送り返されたとも、元の持主の千賀子のもとで、保存されたとも云われている。

(四)丹生川平と白河戸郷とが、和睦したことは云うまでもないが、「山岳の奥にとじこもって、密修をするよりも都会へ出て、市井の間に布教した方が、宗教として効果がある」という、慶正卿の意見に従い、二郷の人達が江戸へ出て、千賀子を昔通り教主に立て、回教弘通に努力したと、こう文献に記されてあるが、詳細のことは作者も知らない。

(五)醍醐弦四郎はその以前に、長崎辺りにゴロツイていた、某大名の浪人であったが、この出来事のあった頃には、浪人組の頭として、強請りや盗賊もしていたそうで、悪人には相違なかったが、物解りのよい男だったので、慶正卿に許されて、放逐されたということである。