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ふうてんろうじんにっき

瘋癲老人日記

谷崎 潤一郎

「中央公論」中央公論社、1961(昭和36)年11月~1962(昭和37)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 98,490 字 · 196 页

青空文庫

朝食後患者書斎に入る。日記を書くつもりらしい。

午前一〇時五五分、異常な興奮状態で書斎から寝室に現われる。何か云うらしいが私には理解出来ない。ベッドに運び入れて安臥させる。脈搏一三六、緊張していて不整も結滞もない。呼吸二三。心悸亢進を訴える。血圧一五八―――九二。手まねで強い頭痛を訴える。顔の表情は恐怖で歪んでいる。杉田医師に電話で連絡するけれども、特別の指示がない、毎度のことだが、この医師は看護婦の観察を無視する癖がある。

午前一一時一五分、脈搏一四三、呼吸三八、血圧一七六―――一〇〇。杉田医師に再度電話連絡するけれども指示がない。室温、採光、換気を点検。家族は老夫人のみ病室にいる。酸素吸入の必要を感じ虎ノ門病院に連絡、病状報告の上配慮を依頼する。

午前一一時四〇分、杉田医師来診、病状経過を報告する。診察後、杉田氏往診カバンより注射液を出し、自ら注射する。アンプルはビタミンK、コントミン、ネオフィリン、であった。注射を終って杉田氏がまだ玄関にいる時、患者は突然高声を発し、意識不明となる。全身痙攣が激しく起り、チアノーゼが口唇や指先に著明となる。痙攣がやがておさまると、強い運動不安が起り、制止を排して跳ね起きようとする。