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もうもくものがたり
盲目物語
谷崎 潤一郎
「中央公論」1931(昭和6)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 75,341 字 · 148 页
それにしても御本陣とあの砦とのあいだはまわりみちをしましても五六里、まっすぐにまいればわずか一里でござります。かついえ公はたいそう御りっぷくなされたそうでござりますが、それほどならばなぜ御自分でひとはしりあそばされ、げんばどのを引ったてゝ来られませなんだか、いつものはげしい御気しょうにも似合わぬことでござります。もうろくと申すほどでなくとも、うつくしいおくがたをおもらいなされてやはりいくらかこゝろがのびていらっしゃいましたか。わたくしまでがあまりの無念さに、ついこんなあくたいを申してみたくなるのでござります。
北の庄では卯月廿日にさくま玄蕃どのがてきのとりでを攻めおとされ、なかゞわ瀬兵衛尉どのゝ首を討ったと申すしらせがござりまして、たいそうおよろこびあそばされ、さいさきよしとおぼしめしていらっしゃいますと、江北の方ではその夜中に美濃路よりつゞく海道すじや峰々山々にたいまつのひかりがあらわれて廿日の月しろをくらますほどに空をこがし、しだいに万燈会のごとくおびたゞしい数になりまして、ひでよし公が大柿より夜どおしでお馬をかえされたらしく、廿一日の暁天にあたって余吾のみずうみのかなたがにわかにさわがしく相成、玄蕃どのゝ御陣もあやういと申してまいりました。