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もうもくものがたり
盲目物語
谷崎 潤一郎
「中央公論」1931(昭和6)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 75,341 字 · 148 页
じきにかしこまってへいふくいたしますと、
「おゝ、坊主、おれのこえをおぼえているか」
と、いきなりおことばがかゝりました。
「おそれながらよく存じております」
とおこたえ申し上げますと、「そうか、まことに久しぶりであったな」と仰っしゃって、
「その方めしいの身といたしてきょうのはたらきは神妙であるぞ。とうざのほうびになんなりとつかわしたいが、のぞみがあるなら申してみろ」
と、おもいのほかの上首尾でござりますから、わたくしはさながらゆめのこゝちがいたし、
「おぼしめしのほどはかたじけのうござりますけれども、ながねん御恩にあずかりましたおくがたにおわかれ申し、おめ/\にげてまいりました罰あたり奴がなんで御ほうびをいたゞけましょう。それよりけさの御さいごのことをかんがえますと、むねがいっぱいでござります。たゞこのうえのおねがいは、いまゝでどおりふびんをおかけくださりまして、おひいさまがたに御奉公をつとめさせていたゞけますなら、有りがたいしあわせにぞんじます」
と申しましたら、
「尤ものねがいだ、きゝとゞけてつかわす」
と、さっそくおゆるしがござりまして、
「小谷どのはおきのどくなことをしてしまったが、こゝにござるひめぎみたちはこれからそれがしが母御にかわっておせわをいたそう。