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すずりとすみ
硯と墨
中谷 宇吉郎
「座右宝」1946(昭和21)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,996 字 · 22 页
しかし墨画のぼかしのような淡墨になると、色の差が非常にはっきりして来て、どんな素人にも一目でわかる。支那の旧い時代の墨にはいわゆる青墨が多くて、淡くすると、鼠色の蔭にアクアマリンのように透明な青味が見え、非常に美しい色をしている。この頃は油煙墨が多くて、この方は淡くすると茶色を帯びて来て、しかもその色が濁っているものが多い。透明な感じが全然なくて、私には何だか非常に汚らしく見える。好き嫌いももちろんあるし、極上等の油煙墨の色を未だ知らないせいもあるが、私は油煙墨では絵を描く気がしない。一廉の画家のような口をきいて、自分でも可笑しくなるが、素人は墨と硯と紙とを吟味するより他に楽しみが無いのだから仕方がない。
青墨の色は冷たいという人もあるが、それは悪い青墨の場合であると私は贔屓目に考えている。良い青墨で描いた米点の遠山など、墨でなくては、他の絵具などでは一寸出せない美しさがある。こういう青墨は、松煙墨であって、松崎鶴雄氏の『支那の文房四宝に就いて』をみると、漢の時代には陝西省の終南山辺の松を焚いて、その松煙を採ったそうである。晉になると九江の廬山の松が珍重され、後には安徽の松が有名になったということである。