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つぶてしんじゅう

礫心中

野村 胡堂

「富士」1935(昭和10)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,190 字 · 28 页

青空文庫

従って、若く美しく、立居振舞のキビキビした腰元が一人増えたことは、女気の少ない江戸上屋敷を、どんなに明るく賑やかにしたことでしょう。

名前は豊、年は十九、鳥居甲斐守の口添で雇った、本当にそれは花のような娘でした。下町育ちで、言葉使いは少し端たない代り、天成の輝やく美貌に、愛嬌は溢るるばかり、一と月足らずのうちに、屋敷中の者から豊、豊と眼を掛けられるようになりました。

水野越前守のブラブラ病いは、それから間もなく始まりました。多勢の医者にも診せましたが、ただ五臓の疲れと言うだけ判然した事は一向判りません。多分、長い間政務を励んだ心労が発したのでしょう。

「恐れ乍ら、その御膳部、御差控え下さるよう」

用人堺藤兵衛、敷居際に平伏しました。余程あわてたものと見えて、ハアハア息せき切って、容易に次の句が続きません。

「何事じゃ」

越前守は箸を取った儘、顔を振り上げました。側には御寵愛の腰元豊、少し離れて差控えて居ります。

「御毒見番武田幾之助、俄かの腹痛に苦しみ居ります」

「何?」

「御膳部に何にか良からぬ物を入れた者があるかと存じます」

「馬鹿な」

「此程より、殿御不例も、何様以て疑わしき事にござります」