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つぶてしんじゅう

礫心中

野村 胡堂

「富士」1935(昭和10)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,190 字 · 28 页

青空文庫

恩こそあれ怨は無い

言い切って振り仰ぐ越前、その頭の上へ、巨大な虎鋏がサッと落ちて来たのです。

「あッ」

それを辛くもかわした越前守は、背後でお豊の手が太刀を引抜いて居たことに気が付かなかったのでした。

「姉の敵ッ」

恩こそあれ怨は無い

「あッ、待った」

庭木戸を押し破って飛込んだ老人、自分の身体を、お豊の手の太刀にサッと投げ掛けました。

「父さん」

「豊」

それは入牢中とばかり思われて来た増田屋惣兵衛の、元に変らぬ元気な姿ではありませんか。

「飛んでもない、越前守様をお怨み申上げてはならぬ」

「…………」

「御改革が悪いのではない、下役の方々の手加減が悪かったのだ、――わけても鳥居甲斐守――」

「…………」

静かに木の下を離れた水野越前守は、惣兵衛をたしなめるように見て居ります。

「殿様は江戸の為、公方様の為、下々の為に遊ばされた事だ、――現にこの私も、御奉行鳥居甲斐守様に利潤の多いのを睨まれて牢にぶち込まれ、非違が無いと解っても容易に許されず、毎日泣いてお上を怨んで居るところを、日頃御恩になった水野の殿様の御声掛りで許され、今日は内々お前に逢わせてやると仰しゃって、特別の思召で、此奥庭まで通して頂いたのだ、お豊、殿様はお前の素性も、お前の仕た事も皆んな御存じなのだよ、そればかりではない――」