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しほんたいへいき
私本太平記
吉川 英治
13 黒白帖
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,638 字 · 233 页
分に合わん。また世の笑いぐさだ。かつは野州足利ノ庄から志を立ててここまで来ながら、きょうまでの苦心功業もすべて水の泡でしかあるまいが」
「ですから、ぜひもありません。直義に腹を切れとなら、腹を切るまでのことです」
「ばかな。たれがそちに腹を切れと仕向けたか。師直も、そちを渡せとは言っていない」
「が、腑におちぬのは、兄者の御態度だ」
「どこが、どう?」
「かくまでの師直の暴悪を、兄者は真底では憎んではおられぬように見える。お口では強い返事を使者にいわせておられるが」
「それよ、師直は尊氏の家僕だ。家僕の悪業は主人の落度。たれを恨もう」
「では、家来のこのような暴挙も、お心ではゆるしておいでなのですか」
「ゆるされぬ無道と怒ればこそ、万一の一戦も覚悟はしておる。それが尊氏の立場なのだ。自嘲するしかないわしなのだ」
灯は細まっているのに、たたみの上の奉書は、紙の白さをなお白く見せていた。いつか夜明けていたのである。遠い塀のそとからは師直の軍勢が波騒の中に似るここへ、最後の返答をうながすようなどよめきを朝と共に性急にしていた。
最少な犠牲の下に最良な切抜け策をと尊氏は考えている――。