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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

13 黒白帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,638 字 · 233 页

青空文庫

それには師直の要求の一部を容れ彼をなだめることでしかないが、直義はいぜん岩みたいな姿にみえるだけである。自分からそうしようといって妥協に出るふうはない。それが哀しい性を形に見せつけられているようで尊氏にはつらかった。

「……直義。観念のしどころだ。そちも師直を憎むのはよせ。憎悪は何の解決にもならん。それよりは、ちと反省してみないか」

「これは」

逆に、直義は色をなした。

「私への、御批判ですか」

「そちにも、行き過ぎがなかったとは申せまい」

「条々、実例をあげて、仰っしゃって下さい。足利家のために悪しかれと思ってしたことは一度たりともないつもりだ」

「そこが過信だ。悪意でない害も往々にある」

「わかりました」――直義は冷ややかになりきって。「そこまで御大切な師直とあるなら、もはや何をか申しましょう。ですがこの春、養子直冬が中国へ赴任して、自然、調べ上げた機密によれば、師直が地方武士のあいだに自己勢力を扶植しようと計っている諸沙汰には将来恐るべき下心がはっきり見える。いまに臍をお噛みなさらねばよいが」

「ふむ、直冬がの」

まったくこの場には無関係な感傷が尊氏の胸をふと墨のようにした。