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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

03 みなかみ帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 页

青空文庫

「こちらには、御異状もございませぬかの」

と、見舞にでも来たような口吻だった。

「なにゆえに」

訊いてみると。

その日、彼らの屋敷へも、ここへ見えた六波羅筋らしき武士が立ち廻って、そこでは露骨に、卯木夫婦のことや、忍ノ権三に危害を加えた者の詮議だてなど、洩らしていたというのである。

「ははあ」

正成は、ひと事みたいに。

「ここには、喧嘩したらしい郎党はおらず、また卯木夫婦の儀も、かねがね耳にはしておるが、よしこれへまいっても、匿いだてはせぬつもりだ。どうぞ、お案じなきように」

縁者たちは、ほどなく笑い声のうちに帰って行った。――彼らは、一族の族長正成を、どんなばあいにも、長年の支配ぶりと、その温厚な思慮とに見て、絶対に信頼している風なのだった。

だから、正成には、それだけになお、つらかった。

かりに今。――一族十数家を集めて、妹夫婦の処置を、その意見に諮ってみるとしたら、どんな結論が、そこに出るか。おそらくは、こうなろう。

卯木の身は、当然、楠木家にひき取って、慎ませる。

そして、さっそく、都へ使いを立て、多年お世話になった北小路ノ玄恵法印を通じ、西華門院様へ、お詫びを言上する。