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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

03 みなかみ帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 页

青空文庫

「いつから御上洛か。そして都は、どこにお住居で」

と、何くれとなく、尋ねだした。

「はい。……都住居も、いつか五年になりまする」

尼は、いまさらのように回顧した。子の覚一も、もう十八となっている。

子にせがまれて、五年前、しいて鎌倉の兄上杉殿に別れて海道を上り、途中、連れていた郎従の悪心から、三河の中山越えでは、恐ろしい一夜を送ったが、幸いに、近郷の一色党の村、一色刑部の許へ助けて行かれ、そこで年を越え、次の初春早々、都へ出たのだった。

都までは、御厨ノ伝次が送ってくれた。そして伝次は鎌倉へすぐ帰った。

だが。一色村で別れた藤夜叉は以後どうしているか。また、高氏の落し子の不知哉丸も、成人しているであろうに。

思いつつも、尼の母子は、洛内壬生の神泉苑のほとりに水入らずな世帯をもち、覚一は以前の琵琶の師の許へ。また尼は、姉の清子が師事した冷泉為定の許へ通って、和歌の道にいそしんだり、ここ幾年は、思わず過ごしていたのだった。

「では、壬生のお家は、まったくの母子お二人きりか」

「ええもう、ほんとに鶯の巣のような、藪蔭の草庵でござりまする。それでも」

と、尼は覚一を見て。