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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

03 みなかみ帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 页

青空文庫

もともと御正嫡たる後深草には、何の御失政もあったのではない。それなのに、多年の御逼塞とは、余りにお気のどくではないか。せめて、この次は、後深草の御子を皇位に即け奉るが順であろう、と。

理の当然に、亀山もぜひなく、やがて後宇多帝のあとには、兄、後深草の御子をもって、

伏見天皇

と、仰ぐに至った。

以上が、両統のいきさつである。図にすれば、次のごとき系譜になる。

両統迭立時代の天皇家系図

かくて。

後宇多は強られて退位し、後深草の御子が伏見天皇となられたのが、弘安十年。

これでお気弱な後深草の長い鬱積もいッぺんに霽れたわけだ。しかしこうなると、また、お人のいい帝には、お人のいいための欠陥が出ざるをえない。

時を得た後深草の党臣は、ふたたび大覚寺統へ帝位を渡すまいと、その地盤固めの一策に、

「大覚寺統は、亀山上皇を中心に、承久ノ乱の怨みを報ぜんと計っている」

と、いいふらした。

かつて、承久の帝政回復の覆りから、時の北条義時のため、後鳥羽上皇は隠岐ノ島へ、順徳、土御門の二上皇も佐渡や土佐へ流された――宮方敗戦の深刻な悪夢は、百年後の今も深くきざみ込まれている。