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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

03 みなかみ帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 页

青空文庫

縹色(露草染め)のむら濃の狩衣に、よい太刀を佩いた武者烏帽子の武人である。年のころは二十六、七か。――関東武士特有な骨ぐみはすぐ眼に映るものだったが、どこやら、物腰には大どかな風采がある。しずしず俊基の前に来て対坐のうえ、一礼をなしたが、なおしばらくは無言のままで、はたと、いぶかる相手の凝視に、姿をまかせている態だった。

「まことに、しばらくでございましたなあ」

やがてのこと、彼は言ったが、俊基はまだ記憶の片影すらも思い出せず、小首をかしげて。

「どなたであろうか。久しぶりとの仰せだが、いつ、どこで、この俊基に」

「お忘れも、ご無理のないこと。……あれは早や九年前」

「……九年前」

「淀をくだる舟のうちにて」

「はての?」

「それも、よそながらの御見でおざった。あなたは狩猟いでたち、菊王という侍童を連れ、船中、ひたすら御書見だったが、そのうち乗合いの雑人輩の世事話に興じられて、彼らと共に酒汲み交わしなどなされ、いと面白げにおわしたが。……惜しや、自分はその夕、山崎でお先に下船いたしました」

「あっ……。では、お許はその折の」

「その折の乗合い客」

「さては。……さては、あのときの足利又太郎高氏か」