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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

03 みなかみ帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 页

青空文庫

「この夜がすみ。舟べりと舟べりとの高声などは、心ないわざ。ともあれその男を、こなたの苫へ招き入れ、膝ぐみで仔細を聞いてみたらどうか」

すると、男の舟から、

「ならば、そこの川洲へお上がりなされませぬか。しばし、梁杭にお舟をつないで」

と、先に漕いで、芦の蔭へ、水先して行った。

川洲の島には、鮎小屋らしい小屋があった。俊基がその辺に腰をおろすと、菊王は万一を警戒してか、ひたと主人の脇にちかく片膝を折る。そして左の片手を太刀の鯉口に忍ばせておく身構えも忘れなかった。

「さ。何をお耳に入れんとするのか、早ういえ。申してみい」

「はい。お手間をとらせてはなりませぬ。それゆえ、あけすけに申しまするが、眼の前におわせられるのは、弁ノ殿、日野俊基朝臣でいらっしゃいましょうが」

「うぬっ」

菊王は、ひざまずいてなどいられなかった。思わず身を突っ立てて。

「下郎。なにを、証拠に」

「あ、もし……。お隠しなされますな。街の噂、妻にいただいた貴薬。二つを思い合せて、さてはと、思い当ったのでございまする。まして、こう近々とお目にかかりますれば」

「菊王、下にいよ」

俊基は、彼を抑えて、自身、男へむかって言った。