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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

03 みなかみ帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 页

青空文庫

などと、西曲輪のうちへ、城下の遊女たちを招き入れ、むしろ、この方がよかったように、宵から夜半まで乱痴気騒ぎをしたあげく、やがてどれもこれも、酔いつぶれて、沼のように眠ってしまった。

右馬介の柳斎もまた、宴の端にいたが、そこの杯盤狼藉のすきを窺い、宵にいちど、じぶんの下屋へ退がって、灯もない中で阿新丸とささやいていた。

「今夜ですぞ。……和子様、お支度はいいでしょうな」

「ああ、いいよ」

阿新は、事もなげな顔つきである。何か、遊戯の場へでも臨むように。

「今夜が待ち遠しかったよ。柳斎、おまえもいいかい」

「抜かりはございません。かねて親しくしていた旅籠のおやじに金をやって、国府ノ浦に舟を待たせてあるのです。……が、まだ時刻は早すぎる。和子様は気どられぬよう、夜半までは、お部屋で寝たふりをしておいでなさい」

「じゃあ、あとで」

「妙宣寺の鐘――いつもの鐘が――丑ノ刻(午前二時)を告げたら、てまえも搦手へ出て、お待ちしておりますからね」

「あ。わかってる」

阿新は、足音を忍ばせ、それからもいちど、自分の部屋で、寝床に入っていたのである。

かえって、このさいは、右馬介の方が緊張もし、大人の細心を疲らせていただろう。