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しんのゆうしゅう
秦の憂愁
豊島 与志雄
「文芸」1944(昭和19)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,389 字 · 19 页
」
秦は笑顔をした。
「ほかと違っているというのですか。」
「ええ、雰囲気が……。」
「これが本当の中国……本当の支那ですよ。あなたは諸方を見て廻られたでしょうが、上海の雑踏の中心地にこんな姿があろうとは、思われなかったでしょう。」
「然し、これが本当の中国の姿とは、どういうことでしょう。騒々しい険しい表情の中国は、それでは本物でないというのですか。現実は常に本物でしょう。」
「いえ、それは別な問題ですよ。私はあなた方の実感のことを言っているのです。中国というものはあなた方の実感の中にはなく、あるのは支那というものだけでしょう。」
「違う。」と星野は叫んだ。
星野に言わすれば、支那というものだけを実感しているのは、日本の旧時代層であって、新時代層は中華民国というものを実感している。その実感から、中国を近代的統一国家へと護り育てようとする誠意も生れてくる。この誠意は信頼して貰わなければならないのだ。
然し秦に言わすれば、その近代的統一国家の概念と支那という概念との間には、日本人の頭脳の中で喰い違いがある。だから、例えば日支文化の交流提携ということについても、旧支那文化と新日本文化との交流という、喰い違った面に於て考えられる弊がありはすまいか。