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しんのゆうしゅう

秦の憂愁

豊島 与志雄

「文芸」1944(昭和19)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,389 字 · 19 页

青空文庫

然し星野に言わすれば日本には本質的な新旧間の断層はなかった。

然し秦に言わすれば、支那にもそういう本質的な断層はない筈だが、断層があるように見える現象を心から泣いたのは、あの偉大な作家魯迅だった。

然し星野に言わすれば、万国公墓の魯迅の墓に肖像の焼き付けを嵌め込んだ、あの俗悪さに、魯迅は一層泣くだろう。

話はこのような筋途を辿っていったが、秦は次第に憂鬱になってゆき、随って言葉も少くなっていった。その秦の肩を叩いて、星野は繰り返し言うのだった。

「も一度、詩に立ち戻りませんか。僕達は君の詩作を翹望している。世界の情勢は君の詩心を誘発せずにはおかない筈だが……。」

星野はさすがに、戦争のことを直接に言うのを避けた。然し、詩のことが話題に上ると、秦はすぐに言葉をそらしてしまった。

「少し腹ごしらえに出かけましょうか。」

話の最中に秦はたち上った。張を亭主の方へやって、星野を促して外に出た。宵の街路は雑踏の盛りにあった。肩々相摩する人込みは、それでも何の澱みも作らずに流れ動いていた。不思議に秩序ある混雑だった。秦はその間を巧みにすりぬけつつ、星野を競馬場の彼方へと導いていった。