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いのうはりまのかみ

稲生播磨守

林 不忘

「講談倶楽部」講談社、1935(昭和10)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,172 字 · 29 页

青空文庫

矢沢 お声掛りじゃ、久保殿。

奎堂 しかし、余のこととちがって、このことばかりは――。

播磨 (気を焦って)言えぬ? どうあっても言えぬか。

矢沢 他言をはばからば、拙者の内聞にまで、さ!

と奎堂の口許へ耳を持って行く。一座はしんとして、固唾を呑んでいる。奎堂は追い詰められたごとく、やむなく矢沢の耳へ何ごとか私語く。矢沢は卒然として色をなし、にわかに恐怖昏迷の体。

矢沢 (一同の興味を他へ転ぜんと)なに、そんなことですか。さような微々たる――ははははは、殿、お庭を御覧じませ。美しき下弦の月。昼間のお歌のつづきをこれにて。さぞや御名吟が――。

播磨 (脇息を打つ)ええいっ! ごまかそうとするかっ! いま奎堂の言ったことを申せ。余はその刀相が聞きたいのだ。

仕方がないと、矢沢と奎堂は二、三低声に相談して。

矢沢 しからば、お人払いを願いまする。

播磨 なにを大仰な! ならぬ! この、一同のおるところで言えっ。

矢沢 (奎堂へ)御貴殿から言上――。

奎堂 いや、あなたよりよしなに――。

矢沢 しかし、観相なされたのは、貴殿ゆえ、貴殿より申し上ぐるが順当です。

播磨 早く言えっ! 聞こう。