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はこねのやま

箱根の山

田中 英光

「文藝春秋 別冊2」1946(昭和21)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,963 字 · 33 页

青空文庫

ただ下を向いたきりになり、時々溜息を吐くのは体力のへたばりよりも、路の単調さに倦んだ故と思ったから、「ああ、とても好い景色だよ」とか、「ほうら、深い谷でしょう」とか気分を転換させるようにして、手を引っ張り、どんどん登って行った。

それでもさすがに漸く畑宿と言うやはり淋しい部落にかかり、双子山の蒼い山頂を見上げるようにして眼前に仰いだ時には、これは大変だと言う実感があったのだろう。「お父さん、まだなかなかね」と泣きそうな鼻声を出した。ここで弱気を見せてはならぬと思ったから、途端に威猛高になり、「こらッ一郎ッ、あのお山の頂辺まで登るのよッ。途中でそんな弱虫を言うとお父さん承知しないから。まだまだ半分も来ていやしないッ。これからだッ」と大喝したところ、私の血相の変った様子に、一郎はギクンとしたらしい。

私の手を放し、鼻の頭を膨らました真剣な表情になって、せっせと路を急ぎだした。その丸い猫背の小さな後姿を私は可憐しいものに思いながらも、後から、腹の減ったのも我慢したバカでかい声で、「箱根の山は天下の険」と喚きながら、わざと胸を張って歩いて行った。

ところが先に立った一郎は直ぐに悄然として、歩みが遅くなり、もう先程のように道端に蹲んで金鳳花の花を毟ったり橋の袂から背伸びして薄の穂を折り、私に叱られて慌てて駆けて来る