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はこねのやま

箱根の山

田中 英光

「文藝春秋 別冊2」1946(昭和21)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,963 字 · 33 页

青空文庫

私は二重廻しの袖を挙げ、身体を屈め、一郎の眼の前に拳を置き、指を伸ばし、その指先を眺めるようにと教えた。指の先には双子山の嶮峰が、半身に明るい日光を一杯に受け、夢で見るような黄色さだった。「この道を歩いて行くとあのお山の頂辺に出るのだよ。一郎に歩けるかしら」、「そうね、あのお山に登るの」、「うん、そうだとも。だけれど登れるかな」、「登れるヨ」、「きっとだね」、「ウン」

初めの中はそのくらいで山に関する対話も鳬がつき、親子はぶらぶら歩きだした。斑らな松並木の次には、いずれ名のあるに違いない宿場があり、家がごちゃごちゃ並んでいたが、そこを通り抜けるまでの間に、私は矢鱈な好奇心から、或いは曾我堂を訪れ、または初花躄勝五郎の由緒の寺の境内にも、霜どけの泥濘を、「そら下を見て、下を見て」とか一郎の手を抜けるように引っ張って、そんな風に得る処もなく方々に寄道したから、一郎は漸く歩くのに倦きて来たらしく、その宿場の端れ頃から頻りに、「お父さん、お山まだ」

「うん、だんだん。だけれど一郎、ほんとは俺たちがこうして歩いているのも山なのだよ。ほら御覧。路はだんだん高くなっているだろう。