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はこねのやま

箱根の山

田中 英光

「文藝春秋 別冊2」1946(昭和21)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,963 字 · 33 页

青空文庫

だからお山じゃないか」、「だって坂じゃないの。お家だって沢山あるし、町じゃないの」、「違うよ。違うよ」と私は説明しきれないもどかしさに苛々したが、ひょいと眼を挙げれば、宿場はすでに出て、満山の常緑が眼に明るい。

「ほうら、もうお家がないだろう。木に草ばっかりだろう。だからお山じゃないか」、「あアほんとだ」一郎は素直に感動して叫んだ。

過ぎて来た方を除けば前も左右も、山また山、直ぐ前には右に雑木林を透して谷底に早川の流れが光って、潺湲と響き、左は頂上の見えぬほど樹木が密生して、その間に笹の葉が鮮かに青い。前面にはゆるやかに蛇行した白い街道が坦々と続き、遙かな翠巒の煙るような輝き、近くの山頂の黄金の帽子を冠った眩ゆさ。一郎の素朴な感嘆と共に、私にも新しく蘇った感動があり、思わず口を開いて大声に歌うと言うより呶鳴った歌が、「箱根の山は、天下の険、函谷関もものならず」それから暫く考えていて、うろ覚えに、「千仭の谷、万丈の崖」とやったが、後はまるで出て来ない。仕方なしに、もう出鱈目で、「前に聳え後に望む、一夫関に当れば、万夫も通さず、かくこそありけめ往時の武夫」