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はこねあたみバスきこう

箱根熱海バス紀行

寺田 寅彦

「短歌研究」1935(昭和10)年6月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,181 字 · 11 页

青空文庫

この辺の山の肌には伊豆地震の名残らしい地割れの痕がところどころにありありと見える。これを見ていると当時の地盤の揺れ方がおおよそどんなものであったかという想像がつくような気がした。地震のあった昭和五年十一月二十六日から四年半近くの年月がたったのに、この大地の生創はまだ癒えきらないのである。

十国峠までの自動車専用道路からの眺望は美しく珍しい。大きな樹木のないお蔭で展望の自由が妨げられないのがこの道路の一つの特徴であろう。右を見ると伊豆の国というものの大きさがぼんやり分かるようであり、左を見下ろすと箱根山の高さのおおよその概念が確定するような気がする。女車掌が蟋蟀のような声で左右の勝景を紹介し、盗人厩の昔話を暗誦する。一とくさり述べ終ると安心して向うをむいて鼻をほじくっているのが憐れであった。十国峠の無線塔へぞろぞろと階段を上って行く人の群は何となく長閑に見えた。

熱海へ下る九十九折のピンヘッド曲路では車体の傾く度に乗合の村嬢の一団からけたたましい嬌声が爆発した。気圧の急変で鼓膜を圧迫されるのをかまわないでいたら、熱海海岸で車を下りてみると耳がひどく遠くなっているのに気がついた。