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みみとめ

耳と目

寺田 寅彦

「映画評論」1933(昭和8)年5月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,065 字 · 9 页

青空文庫

観客はかなりな距離にあって、視角の限定されたスクリーンに対しているから、空間の深さの判断の正確さは始めから断念してかかっている。従って音の出る場所がその音に相当する視像と少しちがった方向と距離とにあってもたいして苦にならない。しかし物を言っている顔の大写しなどの場合には、この耳と目との空間知覚の齟齬が多少は起こるかもしれない。これは少し詳しく実験してみるとおもしろいと思う。

またたとえば映画の中で一人の男が暗殺者のために思いがけなく射殺されるところがあるとする。突然なピストルの音とともにこの男が倒れる。その音が観客の正面の向こうのほうで響いたと思われるのに、ピストルを持った男がずっと横手のほうから現われて来ると思われるのではちょっと理屈に合わないわけである。しかしこういう場合でも、一方では音の方向知覚というものの本来不確実なために、また一方では劇場の複雑な反響のために、なおその上に、視像の暗示にだまされる錯覚のために、実際はたいした不都合は感じないかもしれない。

それはとにかく、もしもわれわれが音源の距離方向を判断する能力が非常に鋭敏であったら、トーキーというものはたいへんやっかいな問題に出会うであろうが、そうでないのは幸いである。