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むこ
聟
宮本 百合子
「読売新聞」1934(昭和9)年1月7日、9日、11日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,901 字 · 8 页
あらそわれないものだ。実にそう思った。仕方なく詮吉は、
「まア、お互にやれるうちは元気で暮す方がいいですよ」
あっさり、笑いにまぎらした。
「そうですとも!」
お豊は湯呑を両手のなかにもってうなずき、
「ですからね、私は五反田のにもよく云うんですよ。木村さんを御覧てね、ズボンの折目にあんなに泥のたまるのを見れば、決して楽な勤めはしていなさらないらしいのに、ああも暮せるもんだよってねえ」
誠意のあらわれているお豊の顔を眺め、詮吉は殆ど閉口した。実は、泥のことも自分ではうっかり暮していた――
「どうも……小母さんには――かなわない」
一緒に笑った。が、お豊はすぐ真顔にかえり、
「木村さん、御迷惑でも、こればっかりは見込まれたが因果と思って、聞くだけ聞いて下さいまし」
詮吉は、余り思いがけないことなので、次第に眼を大きくしてお豊の顔をうち守った。
末娘のきよ子が、年が改まると二十になる。不束者だが、おひとを見込んでの相談がある。どうか聟になってやってはくれまいか。そういうのであった。
ひたむきのお豊の心持は、一言一句のうちに溢れ、詮吉は益々返答に窮した。
窓に向けて置いてある机に肱をかけていた、それをいつかきっちり腕を組んで坐り、詮吉は、余り突然でどう返事していいか分らない、ありのままを云った。