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えんしょ
艶書
山本 周五郎
「小説倶楽部」桃園書房、1954(昭和29)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,027 字 · 50 页
「あなたでなければあんなことはしなかったんだが」と彼はもういちど低頭した、「もちろん、もう二度とはしませんよ」
七重は微笑しながらうなずいた。
出三郎は立志館へも退学届けを出した。家人には内証である。そうして毎日、兄嫁のこしらえてくれる弁当を持ち、一冊の帳面と矢立を風呂敷に包んで家をでかけ、夕方までひとりで歩きまわった。――出三郎は少年じぶんから、地誌伝説の類に興味をもっていた。いつかおりがあったら領内をまわってそれらの資料を集めてみたいと思っていたが、こんどようやくその望みが達せられたわけである。
部屋住みとなれば時間は余るほどある。年に二三回、兄の用事を手伝うほかは、べつに束縛されることもない。小遣こそ不自由であるが、そんなふうに歩きまわる分には、誰から小言を云われる心配もなかった。
五月になってから、彼は七重に縁談が定った、ということを聞いた。もう十七だから、それだけならふしぎはないのだが、相手が笠井忠也だというので驚いた。
「それはだめだ」出三郎はひとりで首を振りながら呟やいた。
「それはいけない、ほかの娘ならともかく、七重にあの男はいけない」