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えんしょ

艶書

山本 周五郎

「小説倶楽部」桃園書房、1954(昭和29)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,027 字 · 50 页

青空文庫

ふと、七重の顔が眼にうかび、良心のとがめを感じた。だがもうどうしようもない(あの血の匂いでは)、おれなどがいたところでどうしようもない。彼は首を振って、半兵衛といっしょに広縁へ出た。

「彼ら(というのはいつか話した重職の一部だが)彼らはおれと殿とのあいだに黙契があるのを感づいた」と歩きながら半兵衛が云った、「それでにわかに硬論が起こって、おれを暗殺しようという説が強くなった、よろしい、そのほうが事は手っ取早い、そっちがその気なら機会を与えてやろう、こう思って、それで今日はわざわざ、この掬水楼まで来てやったのさ」

「来ることがわかるようにしてですか」

「筒抜けの筋があるのさ」

「恐るべき自信ですね」出三郎が云った、「しかしまさか、刺客の数までわかっていたわけではないでしょう」

「予定より二人多かったよ」出三郎はあきれたように振り向いた。

「筒抜けの筋があるんでね」と半兵衛は笑った、「ただびっくりしないで、これが十年がかりの仕事だということを思いだしてもらいたいな、十年といえば一と昔だぜ」

出三郎には答える言葉がなかった。

「近いうちにまた会おう」玄関のところで半兵衛は云った。