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はなよい

花宵

山本 周五郎

「少女の友」1942(昭和17)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,938 字 · 18 页

青空文庫

五

「このご本は返してあげましょう」立ちあがった母は、ゆうべ持ち去った曽我物語をとりだして来てわたした。

「これからは小袖乞いばかり読んではいけませんよ」

「どうしてそれをご存じなのですか」

母は答えずにただそっと微笑した。

「さあ、兄さまが待っておいででしょう、早くごぜんにしてお稽古へおいでなさい」

五

春の夜にはめずらしい青白く冴えた月が宵空にかかっていた。庭の桜に吹く風もなくて、どこか近くの屋敷から小謡の声と鼓の澄んだ音がのどかに聞えてくる。

「どうするんですか、兄上」

「夜桜を見るのさ、いい月だぞ」

清之助をさきに、そのあとから英三郎が、そっと庭へおりて桜の花かげへやって来た。

「ややよく冴えているなあ、まるで冬のようじゃありませんか」

「もっとこっちへ来ないか」

「此処のほうがよく見えますよ、ちょうど花の枝のあいだでいい眺めです」

「なあ英三郎」清之助が低い声で突然なことを云った。

「われわれはいい母上をもったなあ」

「……え?」

「おまえそう思わないか」

英三郎はふり向いたが、兄がじっとこちらをみつめていたのでまごついた、清之助の眼は泣いたあとのように光を帯びていた。