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はなよい
花宵
山本 周五郎
「少女の友」1942(昭和17)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,938 字 · 18 页
「それなら帰ってからだっていいじゃないか。勉強の時間はきまっているのに今日だけそんなことを云うのはへそまがりだぞ」
「だって母上が……」
「英三郎」
ふいに廊下で母親の声がした、兄弟はびっくりして振り返った、母親は障子のそとに立ちどまったまま、
「兄さまが行こうとお云いなさるのになぜ行かないのです、母はいますぐ勉強をなさいとは申しません、行っておいでなさい」
「お許しがでた、行こう英三郎」
清之助はいきなり弟の手をとって立たせた、母親はしずかに奥のほうへ去った。
――母上はどうしてあんなに兄上だけ御贔負になさるのだろう、やっぱりあの噂が本当なのではないかしら。
夜になって寝間へはいってから、英三郎はいつも考える同じことをまた考えめぐらした。ずっとまえにはそうではなかった。
父が生きていた頃にはそんな不平は少しも感じなかった。それが二年まえの秋に父が亡くなってから、にわかに母はきびしくなった。
ただきびしくなったのではない、兄に対してはまえと少しも変らないのに、英三郎にだけはずいぶんこまかいところまできびしいのである。
武家では長幼の順が厳重だから、兄に対して弟がいちだん低い礼をとるのは当然であるが、この頃では英三郎の身につける衣服や袴まで兄のおさがりときまってしまった。