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きくづきよ
菊月夜
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館 、1944(昭和19)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,129 字 · 32 页
を担って起つちからが、自分にあるや否やは重大な問題である。
しかし彼がその点を反省するよりまえに、孫太夫がずばりと切りこんだ。
「……そこもとにも思案はあろう、だがことは早きを要するのだ、藩家のためにおのれを棄ててくれ、まかり違えば死んでもらわねばならぬが、そのときはわれらも生きてはいない、成否は当ってからのことだ、一命を棄てる覚悟でひきうけてくれぬか」
「……明日お返辞を申上げます」信三郎は面をあげて、こう答えた。
彼は、こういうとき兄がいてくれたらと思った。心はきまっていたが、できることなら兄からひとこと助言がほしかった。しかし、兄は江戸詰だし、ことがことだけに親しい友にも語れなかった、――だが助言など頼まぬほうが本当だろう、おれにはおれの能力だけのことしかできない、その能力をだしきってやってみよう、成敗は天のものだ、はじめから一身も名も棄てれば遅疑することはない、よし! 信三郎はそう思いきめ、明くる日孫太夫を訪ねて承知の旨を伝えた。
疋田へ入婿のゆるしが江戸から来たのは六月はじめのことで、その月二十日に婚礼の式があげられた。諸事倹約の布令の出ているときで、客は両家の近い親族に限られ、祝宴もきわめて質素なものだった。