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きくづきよ
菊月夜
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館 、1944(昭和19)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,129 字 · 32 页
――奥殿へ乱入しようとしたというのは。「ご老職が刃をくぐって奥殿へのがれようとなすったのを、権太夫が追って踏み込もうとしたのでござる」
――権太夫は『斬奸状』を持っていたはずであるが、それはどう始末をしたか。「なにか知らぬが書状ようの物があった、それはご老職が裂き捨てられたと記憶する」
それだけで充分だった。たとえ遺恨の刃傷にしても喧嘩は両成敗である、それを発狂として討ち果し、なお斬奸状を破棄し、即決で重科の処分をした。これだけで充分に切腹の罪は免れない。信三郎は三人の口書をとり、そのまま拘束した。それから孫太夫を訪ねた。そこでひそかに同志の重臣を集め、江戸へ密使を出した。相手が相手だけに水も洩らさぬ手配が必要だったのだ。……こうして周囲の準備がととのったところで、信三郎は牢舎にいる小房を大目附役所へ移し、正面から高力忠左衛門に召出し状をつきつけた。忠左衛門はまだなにも知らなかったようだ。それで召出し状を見てもかくべつ重大には思わず、――病中なれば追て本復のうえ、と答えてきた。思う壺である、――これでよし、信三郎はひそかに会心の笑をもらし、中二日おいて堂々と高力邸へのりこんでいった。