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なおこ

菜穂子

堀 辰雄

楡の家 第一部「物語の女」山本書店、1934(昭和9)年11月<br> 楡の家 第二部「文学界」1941(昭和16)年9月号<br> 菜穂子「中央公論」1941(昭和16)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,758 字 · 173 页

青空文庫

此の人達には、それほど自分の村だとか家だとかが好いのだろうか?

「だが、そんなものの何んにもない此のおれは一体どうすれば好いのか? 此の頃のおれの心の空しさは何処から来ているのだ? ……」そう云う彼の心の空しさなど何事も知らないでいるようなおよう達に逢っていると、自分だけが誰にも附いて来られない自分勝手な道を一人きりで歩き出しているような不安を確めずにはいられなくなる一方、その間だけは何かと心の休まるのを覚えたのも事実だった。そのおよう達も遂に彼から去った今、彼の周囲で彼の心を紛わせてくれるものとてはもう誰一人いなくなった。そのとき彼は急に思い出したように烈しい咳をしはじめ、それを抑えるために暫く背をこごめながら立ち止っていた。彼が漸っとそれから背をもたげたときは、構内にはもう人影が疎らだった。「――いま事務所でおれにあてがわれている仕事なんぞは此のおれでなくったって出来る。そんな誰にだって出来そうな仕事を除いたら、おれの生活に一体何が残る? おれは自分が心からしたいと思った事をこれまでに何ひとつしたか? おれは何度今までにだって、いまの勤めを止め、何か独立の仕事をしたいと思ってそれを云い出しかけては、所長のいかにも自分を信頼しているような人の好さそうな笑顔を見ると、それもつい云いそびれて有耶無耶にしてしまっ