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なおこ

菜穂子

堀 辰雄

楡の家 第一部「物語の女」山本書店、1934(昭和9)年11月<br> 楡の家 第二部「文学界」1941(昭和16)年9月号<br> 菜穂子「中央公論」1941(昭和16)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,758 字 · 173 页

青空文庫

雪のなかへ行けば反って好くなりそうな気がするんです。」

そのとき彼は心の一方でこんな事を考えていた。――「おれは菜穂子さんに逢って見たいなんぞとはこれまでついぞ考えもしなかったのに、何故さっき汽車のなかで思い立つと、すぐその気になって、何年も逢わない菜穂子さんをこんなところに訪れるような真似が出来たんだろう。おれは菜穂子さんがいまどんな風にしているか、すっかり昔と変ってしまったか、それともまだ変らないでいるか、そんな事なぞちっとも知りたかあなかった。只、ほんの一瞬間、昔のようにお互に怒ったような眼つきで眼を見合わせて、それだけで帰るつもりだった。それだのに、此の人に逢っていると又昔のように、向うですげなくすればするほど、自分の痕を相手にぎゅうぎゅう捺しつけなくては気がすまなくなって来そうだ。そう、おれはもう最初の目的を達したのだから、早く帰った方がいい。……」

明はそう考えると急に立ち上って、菜穂子の寝ている横顔を見ながら、もじもじし出した。しかし、どうしてもすぐ帰るとは云い出せずに、少し咳払いをした。こんどは空咳だった。

「雪はまだなんですね?」