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なおこ
菜穂子
堀 辰雄
楡の家 第一部「物語の女」山本書店、1934(昭和9)年11月<br> 楡の家 第二部「文学界」1941(昭和16)年9月号<br> 菜穂子「中央公論」1941(昭和16)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,758 字 · 173 页
あの方は驚くほど憔悴なすっていられるように見えた。そのお痩せ方やお顔色の悪いことは、私の胸を一ぱいにさせた。あの方にお逢いするまでは、この頃、目立つほど老けだした私の様子を、あの方がどんな眼でお見になるかとかなり気にもしていたが、私はそんなことはすっかり忘れてしまった位であった。そうして私は気を引き立てるようにしてあの方と世間並みの挨拶などを交わしているうちに、その間私の方をしげしげと見ていらっしゃるあの方の暗い眼ざしに私の窶れた様子があの方をも同じように悲しませているらしいことをやっと気づき出した。私は心の圧しつぶされそうなのをやっと耐えながら、表面だけはいかにももの静かな様子を佯っていた。が、私にはその時それが精一ぱいで、あの方がいらしったらお話をしようと決心していたことなどは、とてもいま切り出すだけの勇気はないように思えた。
やっと菜穂子が女中に紅茶の道具を持たせて出て来た。私はそれを受取って、あの方にお勧めしながら、お前が何かあの方に無愛想なことでもなさりはすまいかと、かえってそんなことを気にしていた。が、その時、私の全く思いがけなかったことには、お前はいかにも機嫌よさそうに、しかも驚くほど巧みな話しぶりであの方の相手をなさり出したのだ。