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なおこ
菜穂子
堀 辰雄
楡の家 第一部「物語の女」山本書店、1934(昭和9)年11月<br> 楡の家 第二部「文学界」1941(昭和16)年9月号<br> 菜穂子「中央公論」1941(昭和16)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,758 字 · 173 页
兄の征雄が十八で、お前が十五のときであった。
実のところ、私はその時までお父様の方がお先き立ちなされようとは想像だにしていなかった。そうして若い頃などは、私が先きに死んでしまったならば、お父様はどんなにお淋しいことだろうと、そのことばかり云い暮らしていた程であった。それなのにその病身の私の方が小さなお前たちとたった三人きり取り残されてしまったのだから、最初のうちは何だかぽかんとしてしまっていた。
そのうちに漸っとはっきりと古い城かなんぞの中に自分だけで取り残されているような寂しさがひしひしと感ぜられて来た。この思いがけない出来事は、しかし、まだずいぶんと世間知らずの女であった私には、人間の運命のはかなさを何か身にしみるように感じさせただけだった。そうしてお父様がお亡くなりなさる前に、私に向って「生きていたらお前にもまた何かの希望が出よう」と仰しゃられたお言葉も、私にはただ空虚なものとしか思えないでいた。……
生前、お前のお父様は大抵夏になると、私と子供たちを上総の海岸にやって、御自分はお勤めの都合でうちに居残っていらっしゃった。そうして、一週間ぐらい休暇をおとりになると、山がお好きだったので、一人で信濃の方へ出かけられた。