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あしはみていた

葦は見ていた

山本 周五郎

「週刊朝日」1947(昭和22)年6月22日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,985 字 · 36 页

青空文庫

と東次郎は低い声で云った、「藤吉の経験したことは、そうざらにあるものではない、たいていの者ならそれでまいってしまうと思う、――しかしおれは藤吉を信ずる、藤吉は必ず立ち直るだろうし、そのときにはこの経験が大きな価値をもつだろうと思う、たのむよ」

計之介は眼を伏せていた。東次郎の言葉を心に刻みつけるかのように、じっと眼を伏せて聞き、それから、いっしょにその盃の酒を飲んで、やはり下を見たままで云った。

「深江さんは堪忍するだろうか」

「わからない」と東次郎が云った、「これまでなにも云わなかったから、堪忍しているのかもしれない、このあいだの朝のようすではそう思えるが、本心がどうだったかは訊いてみなければわからないと思う」

「それなら訊かないでくれ」計之介は云った、「そのときが来たらおれが自分で訊くよ、もしもそのときまで、あのひとが待っていてくれたらだけれど、――」

東次郎は彼の眼を見て頷いた。

藤吉計之介は立ち直った。東次郎が予想していたよりはるかに早く、確実に、――立ち直った計之介は以前の彼ではなかった。女とのことが起こるまえは、彼は温和しくて学問好きなお坊ちゃんであった。