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あしはみていた

葦は見ていた

山本 周五郎

「週刊朝日」1947(昭和22)年6月22日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,985 字 · 36 页

青空文庫

「これでいいかしら」女は呟いた、「ほかにしようがないわね、まあいいわ」と女は頷いた、「あんまり恥ずかしい恰好になりさえしなければいいんだから、――これでいいわ」

女は帯をしらべ、着物の衿を直した。右手の小指で鬢の毛を掻きあげ、川の上下をうかがうように見た。

空がやや明るくなり、霧が動きだした。

女はそっと草履をぬいだ。霧で濡れた地面に、素足が冷たそうである。女は草履をきちんと揃え、川のほうへ向けて汀に置いた。それから静かに川の中へ入っていった。――初めに水の中へ足を入れたとき、彼女は身ぶるいをして肩をちぢめた。しかし躊うようすはなかった。ひと足ずつ静かに、爪尖で底をさぐりながら、葦の間を進んでいった。葦たちは彼女に押し分けられて傾き、さやさやと葉ずれの音をたて、彼女の手がはなれると大きくはね返って、こんどはがさがさと騒がしく揺れた。

葦の間をぬけ出たとき、女の躯はずぶっと腰まで水に浸った。そこから深くなっているのだろう、のめりそうになり、両腕を振るのが見えた。

女はそこでちょっと立停った。霧の動きがしだいに早くなり、女の姿が薄くなったり濃くなったりする。