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あざみ
薊
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1959(昭和34)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,800 字 · 32 页
ゆきをはうなだれたまま黙っていた。銕太郎は庭のほうへ向き直った。
風が起こって、枯れた芒がさわさわと揺れたち、百舌鳥の声が遠くなった。
陣場ヶ原は若草に掩われていた。阿栗川は水が増して、両岸の広い河原を浸し、堤の際まで溢れたまま、音もなく流れていた。時刻は朝六時、あたりは霧のために見とおしがきかず、城のある亀形山も見えないが、頭上にはひとところ、朝日をうつした雲が、明るい牡丹色に染まっていた。
岡野は霧の中を走って来た。なにかに追われているような走りかたで、強ばった顔は隠しようのない驚きと、狼狽の色をあらわしていた。――銕太郎は草履をぬいだ。彼はすでに汗止めをし襷を掛け、袴の股立をしぼっていた。
「支度をしろ」と彼は云った。
「どうしたんです、どういうわけです」岡野弥三郎は荒く息をしながら吃った、「いきなり決闘だなんて私にはわけがわからない、私がなにをしたというんです」
「覚えがある筈だ、支度をしろ」
「私にはなにも覚えはありません」
「ではどうしてここへ来た」
「なにを誤解しているか知りたかった」と岡野は口ばやに答えた、「なにが原因で決闘しようなどと云われるのか、その理由を聞きたかったからです」