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とうくろうのしま

藤九郎の島

久生 十蘭

「オール讀物」1952(昭和27)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,765 字 · 19 页

青空文庫

より見事に生立って、毎年、二、三斗ほどずつ収穫があがるようになった。この米を焼ヶ島の力米といい、病人にかぎって粥にして啜らせた。火風水土の四厄を凌いで育った米の精は強大で、たいていの病人は良薬ほどにも効いた。

享保九年(五年目)と十二年(八年目)に二度の山焼けがあった。十三年(九年目)はさる事なく終ったが、十四年(十年目)は、年のはじめから三月のあいだ一滴も雨が降らず、春の終りまでにつぎつぎ五人死に、左太夫、楫取の甚八、水夫の仁一郎、おなじく平三郎の四人だけになったが、船頭の左太夫も追々弱ってきて、秋口から病いつき、岩穴の前の岩壁に背をもたせてぼんやりと畑をながめているようになった。

享保十五年の正月、この島に居着くようになってから、十一年目ではじめて沖を行く帆影を見た。焼山へ茅を取りに行っていた平三郎が、それをみつけた。

「船だ、船だ、おゝ、あそこへ行く」

と狂気のように沖の一点を指さした。

「こうしてはいられまい。甚八ぬし、仁一郎ぬし、早く麾をあげてくれ。おれは焼山で茅をもやす」

そういうと、焼山のほうへ駆戻って行った。

こういうこともあろうかと、かねてこしらえておいた吹流しの麾があった。