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はえおとこ

蠅男

海野 十三

「講談雑誌」1937(昭和12)年1月号~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 118,129 字 · 237 页

青空文庫

彼はそれから先の行動を、あれやこれやと考えた挙句、遂に決心して一台の自動車を呼んで貰った。

やがて遠くからクラクションの響きが伝わってきたと思ったら、頼んであった自動車が家の前に来て停った様子、帆村は味噌問屋の小僧さん長吉を促して、警官たちに暇をつげるなり車上の人となった。

温泉町は、もうすっかり夜の闇に沈んでいた。硫黄の強い匂いをのせた風が、スーッと流れて来た。帆村は急に、温い湯につかって疲労を直したい衝動に駆られた。

しかし彼は、すぐそのような衝動をなげすてていた。これから蠅男との戦闘が始まるのである。玉屋総一郎の忘れ形身の糸子はどこにどうしているのだろう。彼女は果して安全に身を護っているのだろうか。池谷邸に入ったまま、姿を消して杳として行方が知れなくなったこの麗人の身の上を、帆村はすくなからず憂慮しているのだった。池谷邸の二階の窓に、糸子を背後から襲った怪人こそは、あれはたしかに蠅男に違いない。蠅男は糸子をどんな風に扱ったのであろうか。

帆村が疲れ切った身体を自ら鼓舞して、再び車で宝塚へ引返そうと決心したのも、直接の動機はこの可憐なる糸子の安危をたしかめたいことにあった。